スパイキッズやザスーラを観た時も夢中になっていたので、シャークボーイ&マグマガールも間違いなく大うけだと思っていた。
火の象徴(光の象徴でもある)マグマガールと水の象徴(海の王)シャークボーイを中心に物語が進展する。
主人公はデイドリーマ(目覚めたまま夢をみることができる者)で、冒険の中で成長し、自己中心の夢を卒業し、さらに良い夢を見ようと決意する。
夢見ることの大切さが伝わってくる心に響く作品だ。
我が子の心にも響いたのだろう。
観た後、落ち着いていた。
いつも、夢見がちな言動をする我が子ではあるが、映画の主人公と同一化し、"これでいいんだ。夢を見ることができるということがパワーの源なのだろう。"と思った。
我が子に、「お前もデイドリーマか?」と尋ねてみたら、「デイドリーマって何?」と聞き返すので、「眠らなくても夢をみることができる人だ。」と答えた。
我が子は、この作品によって、夢見ることがパワーにつながることを強く心に刻んだだろう。
そのうち、ジュマンジやバックトゥザフューチャーも、観せてやろうと思う。
などが思い浮かびました。
ところで、オウム真理教は、大本教のパロディみたいだ(しかも最悪の)と思っていると興味深い記事がありました。
以下、
知られざる名著
『学理的厳正批判大本教の解剖』
オウム事件は第四次大本事件か? からの引用です。
司馬遼太郎氏は立花隆氏によるインタビューの中で大本とオウム
を対比し、「両者は似ているところがなくもない」としながら、「麻原と出口王仁三郎は
まるで違います。出口王仁三郎という人は芸術がわかった」として両者の峻別を図ってい
る。そして、立花氏が「大本教が弾圧された時代は、大本教の方に非があるのではなく、
逆に弾圧した国家の方に問題があった。考えてみれば戦争中の日本はオウム的な面が多分
にあったといえるんじゃないですか」と述べたのを受ける形で「たしかに戦前の日本はオ
ウムみたいなもんですね。見ようによると、大本教の方が国際的で平和主義で、まっとう
なところがありました」と論を進めていくのである(「司馬遼太郎「オウム真理教と日本
軍」」『週間文春』一九九五年八月三一号)。
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