明治政府によって、国家神道が作られ、各地の神社は統一され、あるいは廃止されて、各神社に伝えられてきたものの殆ど(儀礼やご神体までも)が失われてしまった。
明治政府によって、最も弾圧を受けたのは、仏教でもキリスト教でもなく、実は神道だったのだ。
尤も、明治政府としては、日本の近代化は最優先事項であり、資本主義の前提条件である「勤勉の精神」(二宮尊徳をモデルとして使った)、民主主義の基本であるところの「平等の思想」(神の前での平等の代わりに天皇の下での平等を使った)を国民に周知徹底する必要があった。
日本が、植民地化若しくは半植民地化されるかどうかの瀬戸際だったことは事実であったようだが、連綿と受け継がれてきた、日本人の根源への手がかりも多くが失われてしまったことは残念だ。
そんな中で、三内丸山遺跡(青森県。約5500年前〜4000年前の縄文時代の集落跡)等から得られる新事実は、貴重だ。
発見された大型掘立柱建物跡の柱穴は直径約2メートル、深さ約2メートル、間隔が4.2メートルもあり、高さ10m以上の大型高床建物であったと考えられる。
その他、漆塗りの木製皿や編み上げのポシェットも発見されており、交易は北海道や新潟、岩手などから黒曜石、ヒスイ、琥珀等が舟で運ばれていたようだ。
義務教育で学んだ縄文時代(今から約12,000〜13,000年前に始まり、約2,300年前に終わる)は原始時代というイメージであり、土器や石のナイフを器用に作って暮らしていたといったものだった。
最近、古史古伝(その殆どが偽書とされている)の中で「ヲシテ文献」が再評価されているようだ。
「ヲシテ文献」とは「ホツマツタヱ」「ミカサフミ」「フトマニ」の3つからなり、「古事記」「日本書紀」よりも古いかもしれないと言われいる。
また、漢字渡来以前の日本語であるヲシテが使われている。
「ヲシテ文献」は原文で読まなければ、その意味がよくわからないらしい、でも池田満氏が物語にして、出版(「ホツマ縄文日本のたから」CD-ROM付き)している。
ヲシテ48音図

また、「九鬼文書」は、九鬼宗家、「竹内文書」は竹内家(武内宿禰の子孫)、「宮下文書(富士古文書)」は、宮下家、「物部文書」は秋田物部家に伝えられた古文書で、他にも存在する。
これらの古文書は偽書とされているが、「古事記」「日本書紀」なども、偽書でないとは言い切れない面をもっている。
偽書とは、定義にもよるが由来が偽られている文書や書物のことであって、一部に事実を伝えている可能性は残すものらしい。
過去に政府による弾圧があったのは、その記述内容が皇国史観と相容れないものを含むためであったのだろう。
「東日流外三郡誌」騒動の例(和田氏による捏造疑惑)もあり、この分野は真偽の判断がしにくい。
「東日流外三郡誌」については、安本美典氏らによる調査で現代人の作であることが判明している(ニセものであることが分かった)。
「ホツマ縄文日本のたから」池田満 著
「言霊 ホツマ」鳥居礼 著
「言霊(ことたま)の宇宙(あま)へ」菅田正昭 著
言霊(ことたま)の宇宙(あま)へ
「痛快!憲法学」小室直樹 著
参考WEBサイト
公式ホームページ 特別遺跡 三内丸山遺跡
http://sannaimaruyama.pref.aomori.jp/
九鬼神伝天真兵法
http://www.shinjin.co.jp/kuki/hyoho/main.htm
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