震災直後、塚跡を整理するという名目で発掘調査が行われた。
庁舎が建って暫くすると、大蔵省の役人で死ぬ者や病気になる者が続出し始めた。
特に工事関係者多かったと言う。
第二次世界大戦後、GHQがこの塚を取壊そうとした時も、同様の災害が発生した。
将門の強さの秘密は妙見菩薩にあったという伝説がある。
天文神であるが、その信仰は神道・陰陽道・道教・庚申信仰までカバーしており、各信仰において微妙に異なる顔を持つと言う。
妙見菩薩は北極星を神格化した神であり、密教における本誓は「人間界の帝王を擁護する」ことであるようだ。
陰陽道では「泰山府君(人の寿命を司る神)」と同体として考えられている。
はじめ将門を擁護していた妙見菩薩は彼を見捨てて、将門を調伏する(良文の氏族=千葉氏)側にまわった。
庚申の夜、三尸虫は、人体を抜け出し、その人物の犯した罪を天帝に告げ口すると言われている。
元々、道教から来た信仰だが陰陽道では天文神と混合され、民間信仰では疫神(?)の青面金剛と結びつき、天帝が帝釈天に置き換った。
北極星は「北辰(ほくしん)」、おおぐま座の北斗七星は「北斗(ほくと)」、北斗星、七つの星等と呼ばれる。
千葉市中央区にある七天王塚は北斗七星を象っており、千葉氏(桓武平氏の一系統)が妙見菩薩の守護を得るために築いたとされている。
又、将門と7人の影武者が眠っているという言い伝えもある。
2002年に発掘調査が行われ、弥生時代や古墳時代の住居跡も見つかっている。
七天王塚の起源が弥生時代頃まで遡れるかもしれない。
もともと古墳であったものを後世、再利用した可能性が高い。
七天王塚には牛頭天王(インドから中国経由で伝えられた神)が祀られている。
牛頭天王は京都祗園社の祭神、祇園精舎の守護神であるが、八人の子(八王子)があった。古代において文明は、アナトリアから北シリアを経てメソポタミア南部へ流れ、古代メソポタミアのウル人あるいはシュメール人がインドを経て東方へ移動した可能性があり、牛頭信仰の痕跡が世界中に残っていると言う。
牛頭天王信仰は、スサノオや金神とも習合する。
広峯神社・八坂神社・津島神社・氷川神社等は牛頭天王を祀っていたが、明治の神仏習合により、スサノオを祀るようになった。
艮の金神は牛頭天王によって滅ぼされたとされているが、ある伝承では、眷属(従者、付属神)、あるいは同一視されている。
同じ千葉県の市川市には、八幡不知森(やわたしらずのもり)があり、一度入ると出口がわからなくなると言われている。
平将門と対峙していた平貞盛が八門遁甲の陣を敷き、将門平定後もその死門(死門とは奇門遁甲の八門のうちのひとつ。あの世への入り口)の一角を残したことから、この地に立ち入ると祟りがあるとされるようになったという説がある。
参考文献
「日本の星―星の方言集」野尻 抱影著(中公文庫)
「平将門魔方陣」加門七海著(河出文庫)
「平田篤胤 知のネットワークの先覚者 別冊太陽」 荒俣 宏 米田 勝安著(平凡社)
参考WEBサイト
北斗七星 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%97%E6%96%97%E4%B8%83%E6%98%9F
八王子市の名前の由来|八王子市
http://www.city.hachioji.tokyo.jp/kyoiku/rekishibunkazai/history/000642.html
北斗七星をかたどった塚
http://www.geocities.jp/rekisi_neko/tiba.html
牛頭天王 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%89%9B%E9%A0%AD%E5%A4%A9%E7%8E%8B
ウル 牛頭信仰 スサノオ - セレンディピティ - 楽天ブログ(Blog)
http://plaza.rakuten.co.jp/Phoenix3/diary/200801140000/
八幡の藪知らず
http://www.geocities.co.jp/MusicHall/5164/densetu/yabusirazu.htm
八幡不知藪
http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Sumire/8209/yabushirazu.htm
平将門にまつわる伝説
http://www.xiangs.com/Masakado/legend/index1.shtml

