だからといって、無制限に利益を求めて暴走していいわけではない。
また、従業員の生活を支えなければならない。
組織の中で仕事をするには、命令系統と各部署間の連絡体制が重要となる。
経営者は適切な将来のヴィジョンを示さなければ、従業員のモチベーションは下がり続けるだろう。
職場における人間関係は、その企業の支配的空気に大きく左右されることになるが、個人個人の特質も人間関係を左右する要因だ。
各個人には、歴史、神話、思想やポリシー、嗜好や趣味等があり、健康状態や家族・周囲やマスメディアからの影響や条件反射などが関係している。
各個人の関係性に目をむければ、コミュニケーション上の問題が人間関係のウェートを占めるだろう。
人間は、いくつもの意識レベルでコミュニケーションする。
本音と建前などという捉え方もあるが、もっと本質的にとらえると、意識レベルの対話と無意識レベルの対話を多重に行っているということだ。
「はい」と言いながら、首を横にふる動作をしていたりする。
これは、意識レベルでは、同意する・従順である等を示しているが、無意識レベルでは拒否しているのかもしれない。
このような無意識からの表出をダブルシグナルと言う。
何気ない仕草や表情、声のトーンなどに表れる。
そして、対話する両者が互いに投影し、ドリームアップ(ある個人の内面の葛藤が、身近な人に投影され、その人がその葛藤ひきこまれてしまうこと)する。
その他、エンパシー等も関係するのだろう。
コミュニケーションの多くは言葉で成り立っている。
日本語は曖昧であると言う人は多いが、曖昧に使っているのは悪徳政治家や経営者であり、第一「曖昧」という言葉は日本語ではなかった。
漢字で書くと本来のその言葉の本質が分からなくなるものがある。
例えば、「はし」と言う言葉。
「箸」はその「はしっこ」に食べ物等をはさむもの。
「橋」は丘と丘等の「はしっこ」を繋ぐもの。
「端」は「はしっこ」のこと。
「嘴」は鳥類等の口の「はしっこ」
「梯」高いところ等にある「はしっこ」と繋げるもの
どうやら「はし」という言葉は、「はしっこ」と関係ある働きを意味しているようだ。
また、「け」と言う言葉は、ぼんやりただようことを意味し、
「けはい」は「気」が長く延びること。
「毛」も「気」もぼんやり漂っているし、「かほり」の香も漂っているものだ。
日本語は現象背後にある働きの幅広さをとらえた言葉が多いのだ。
ところで、言葉とは事の端であり、事のカケラである。
また、口にすることで、実現しようとする力が作用する。
言葉は大切にしたいものだ。
参考文献
不思議な
「人間関係にあらわれる未知なるもの―身体・夢・地球をつなぐ心理療法」アーノルド・ミンデル著(日本教文社)
「ひらがなでよめばわかる日本語のふしぎ 」中西 進著(小学館)

