がんばれ!!しんちゃん
子育てから、音楽・ビデオ鑑賞などの趣味、学問や能力開発等生活全般に関する話題を断片的に書き綴る。
星座と日本神話

●スバル
牡牛座のプレアデス星団(M45)は昴(スバル・すまる)と呼ばれる。
スバルは古来の和名。
主星は6個(目が良ければ、7個見える)。
長男オミホミミの子ホノニニギが地上に降りたため、7番目は失われたとされている。
天照の息子たち(ホヒ、タケヒラトリ=ホヒの子、クマノクスヒ、イクツヒコネ、アマツヒコネ、オシホミミ、ホノニニギ=オシホミミの子)である。

ホノニニギがヒムカに降り立ち(天孫降臨神話)、「ここはカラ国に向かい...」と告げた。
その「カラ国」とは、韓や唐とする解釈があったが、ヒムカは太平洋に面しており、又その地に聳える韓国岳から望むのも太平洋である。
「カラ国」とは東南の水平線の彼方にある常世の別名である。
古琉球では「ニライカナイ」と呼ぶ。
常世は神々の住む国であると共に祖先たちの国でもある。
海の彼方にある中国や朝鮮半島がいつの間にかカラ国と呼ばれるようになった。
カラ神とは「海を光して依り来る神」(海をも輝かすほどの大きな星座)のことである。


●アメノフチゴマ
アメノフチゴマとはヒュアデス星団のことで、アメフリとも呼ばれる。
雄牛の頭と横向きの馬の顔とする。
琉球と東北では、ウマノツラと呼ばれている。


●カラスキ
カラスキも古来の和名。オリオン座である。
中央の三星(参)をスサノヲの「ヲロチのカラスキの剣」とし、小三星をその下げ緒とみる。
カラスキの剣は、そこから生まれた軍神(三女神)であり、全体は神門(カムド)とされ、背に三極を記すウミガメの姿ともされ、エリダヌス星座の一部は尾と見なされる。
γ星はアヂスキの妻アメノミカツヒメ、χ星はシタテルの夫アメノワカヒコであると言う。
赤い星ベテルギウスは、その御子神であり、アカフスマイヌオホスミの別名を持つ冬の雷神アヂスキ、白い星リゲルはその妹シタテルヒメとされる。

●アメノフタガミヤマ
アメノフタガミヤマとはカシオペイア座のこと。
関東の筑波山、関西の二上山、九州の杵島山や高千穂の峯などは、アメノフタガミヤマの地上への投影とされた。
アメノフタガミヤマは、カムロギ、カムロミ又はタカミムスヒ、カミムスヒの祖父母神の御在所であり、天の川の水源ともされている。
又、アメノカクとミミナシの夫婦神の山であったがカクがウネビを追い、夫婦神は別々に地上に降ったとされる(大和三山神話)。
また、カクとは鹿を意味し、銀河を泳ぐ鹿となる。
天の川を逆さに堰くヲハバリの神のもとへはカクしか行けないという神話の根拠でもある。

●ウケフネ
ウケフネとは北極星のことであり、γ・δ・ε・ζ・ηの描く形を舟形の穀物槽(ウケフネ)と見た。
ウケフネは岩のように硬いクスノキで作るため、アメノイワクスフネとも言われる。
本来、全部で8人の天乙女(アマオトメ)であるが、トヨウケ又はアメノウズメが地上に降ったため、7人が天に残ったとされている。
各地に残る羽衣伝説はこのトリフネであるウケフネに係わる。

伊勢神宮の外宮はトヨウケを、内宮はサルタヒコのヤシロであり、五十鈴川を隔てて向かい合っている。
それは、夏至の頃、天の川を隔てて向かい合うウケフネの星座とヲロチの星座の配置を地上で再現したものである。




●ヲロチ

蠍座のことであり、主星アンターレスを赤カガチ(ホオズキの玉)の目とした雷神であり、その荒御魂がヤマタノヲロチである。
和御魂しいはサタ又はサルタヒコであり、別名オオモノヌシであると言う。
蠍のハサミにあたる部分が八つに分かれた頭であり、尾部のβ・γ・ψの直線が、クサナギの剣に見立てられているようだ。
ヤマタノヲロチはスサノヲのカラスキの剣を恐れ、同じ天空には昇らない。


●ヲハバリ

ヲハバリは白鳥座のことである。
主星デネブをタマネギ様の頭椎(クブツチ)とし、柄に十字の張り出しを持つイザナキの剣とする。
ヲハバリとは尾と羽根を張ったという意味。


かつて、国譲り神話は国つ神(先住種族)を天つ神(移動してきた種族)が制服した歴史の神話化であるという偏狭な説が支配的であった。
様々な種族の争いはあっただろうが異種民族同士が共存し混血もあったと考えられる。
日本の神々は八百万の神々であるのは、天空に輝く数多の星々を天の神と見たからでもあるようだ。





参考文献

「日本の星―星の方言集」野尻 抱影著(中公文庫)

「古事記の宇宙論(コスモロジー)」北沢方邦著(平凡社新書)


参考WEBサイト

プレアデス星団 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%83%AC%E3%82%A2%E3%83%87%E3%82%B9%E6%98%9F%E5%9B%A3

オリオン座 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%82%AA%E3%83%B3%E5%BA%A7

北斗七星 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%97%E6%96%97%E4%B8%83%E6%98%9F
平将門・北極星・平田篤胤2
加門七海女史が発見した妙見ライン(将門調伏のためのライン)は、日光東照宮-出流(いずる)山満願寺-唐沢山神社-鶴岡八幡宮ラインと男体山-唐沢山神社-鷲宮神社-皇居のラインが唐沢山神社で交差している。
出流山満願寺は、将門征伐の立役者、俵藤太に関わりが深く、本寺の十一面観音は妙見菩薩の本地の仏であり、唐沢山神社の祭神も俵藤太であると言う。
放置されていたものを明治になって祀り直したのだ。

男体山は日光を支配する神山で、鷲宮神社は源の頼朝、俵藤太の信仰を集めていた。

一方、東京の7つの神社や仏閣を繋げると、北斗七星となる。

鳥越神社-兜神社-神田明神-将門首塚-筑土八幡神社-鬼王神社-鎧神社。
この北斗七星は江戸期にできたものであるらしい。
鬼王神社と水稲荷神社(調伏側)を入れ替えると、水稲荷神社によって将門の首(筑土八幡神社=津久戸明神)と胴(鎧神社)が分断される(斬られる)ことになる。
幕府はこうして将門の威容を讃え、神として祀り上げながら封じたのだ(封じ祀り)。


なぜ平田篤胤大人は、天皇家へ叛逆した者の代表とも言える将門を、ご先祖様として恭しく接したのだろう。
しかも、篤胤大人は、神祇伯白川家(天皇に神道秘儀を教える家系)より神道教授、吉田家より学師の職を受けており、白川神祇伯家学頭にもなっている。

篤胤大人は、明治維新前夜、地神の霊力の高まりを感じたのか?

長州勢力が主導し、日本が近代へと生まれ変わったかのように見えたが...。

明治になり、日本は装いを新たにしただけで、実は裏側では大きな勢力争いがあり、篤胤大人は将門と同様に封じ祀りされたのかもしれない。

「夜明け前」には新政府に失望していく青山半蔵(モデルは島崎藤村の父。平田派)等の姿が描かれている。

また、明治〜大正〜昭和にまたがる大本教の動向は、地霊・地神・民衆の集合的無意識と根底で繋がり、艮の金神-スサノオ-平田派との関係性も濃厚であった。
というより、出口王仁三郎は本田親徳(霊学者)や大石凝真素美(言霊思想家)等を通して平田派を引き継いでいた。


参考文献

「日本の星―星の方言集」野尻 抱影著(中公文庫)

「平将門魔方陣」加門七海著(河出文庫)

「平田篤胤 知のネットワークの先覚者 別冊太陽」 荒俣 宏 米田 勝安著(平凡社)

「夜明け前」島崎藤村著(新潮文庫)

参考WEBサイト

平将門公
http://www.geocities.jp/haguma27/masakado/index.htm


江戸城/史跡めぐり
http://homepage3.nifty.com/oohasi/siseki.html


鳥越神社TORIK
http://www004.upp.so-net.ne.jp/kab_ra/TORIK.HTM

兜神社
http://www.sepia.dti.ne.jp/izanagi/newpage25.html

神田明神
http://www.kandamyoujin.or.jp/top.html

将門 首塚
http://hp.vector.co.jp/authors/VA011532/Masakado.html

平将門首塚
http://www.roji-ura.com/reports/masakado.html

筑土八幡神社 Tsukudo Yahata Jinja 天空仙人の神社仏閣めぐり
http://tencoo.fc2web.com/jinja/xtukudo.htm

鬼王神社
http://www.xiangs.com/Masakado/shiseki/tokyo/kiou1.shtml

鎧神社
http://www.geocities.jp/haguma27/masakado/yoroi.htm

日光の山々(男体山)
http://www.ne.jp/asahi/miyabi/home/mt/nantai.htm

唐澤山神社 唐沢山神社
http://www.genbu.net/data/simotuke/karasawa_title.htm

鷲宮神社*
http://www.washinomiyajinja.or.jp/

日光東照宮ホームページ
http://www.toshogu.jp/

出流山満願寺
http://www.idurusan.com/

鶴岡八幡宮
http://www.hachimangu.or.jp/index2.html
平将門・北極星・平田篤胤
大正12年(1923年)、関東大震災以前、神田明神の御手洗池の南の堆土が将門塚の名称で呼ばれていた。
震災直後、塚跡を整理するという名目で発掘調査が行われた。
庁舎が建って暫くすると、大蔵省の役人で死ぬ者や病気になる者が続出し始めた。
特に工事関係者多かったと言う。

第二次世界大戦後、GHQがこの塚を取壊そうとした時も、同様の災害が発生した。
将門の強さの秘密は妙見菩薩にあったという伝説がある。

天文神であるが、その信仰は神道・陰陽道・道教・庚申信仰までカバーしており、各信仰において微妙に異なる顔を持つと言う。
妙見菩薩は北極星を神格化した神であり、密教における本誓は「人間界の帝王を擁護する」ことであるようだ。
陰陽道では「泰山府君(人の寿命を司る神)」と同体として考えられている。
はじめ将門を擁護していた妙見菩薩は彼を見捨てて、将門を調伏する(良文の氏族=千葉氏)側にまわった。
庚申の夜、三尸虫は、人体を抜け出し、その人物の犯した罪を天帝に告げ口すると言われている。
元々、道教から来た信仰だが陰陽道では天文神と混合され、民間信仰では疫神(?)の青面金剛と結びつき、天帝が帝釈天に置き換った。

北極星は「北辰(ほくしん)」、おおぐま座の北斗七星は「北斗(ほくと)」、北斗星、七つの星等と呼ばれる。

千葉市中央区にある七天王塚は北斗七星を象っており、千葉氏(桓武平氏の一系統)が妙見菩薩の守護を得るために築いたとされている。
又、将門と7人の影武者が眠っているという言い伝えもある。


2002年に発掘調査が行われ、弥生時代や古墳時代の住居跡も見つかっている。
七天王塚の起源が弥生時代頃まで遡れるかもしれない。
もともと古墳であったものを後世、再利用した可能性が高い。

七天王塚には牛頭天王(インドから中国経由で伝えられた神)が祀られている。
牛頭天王は京都祗園社の祭神、祇園精舎の守護神であるが、八人の子(八王子)があった。古代において文明は、アナトリアから北シリアを経てメソポタミア南部へ流れ、古代メソポタミアのウル人あるいはシュメール人がインドを経て東方へ移動した可能性があり、牛頭信仰の痕跡が世界中に残っていると言う。

牛頭天王信仰は、スサノオや金神とも習合する。
広峯神社・八坂神社・津島神社・氷川神社等は牛頭天王を祀っていたが、明治の神仏習合により、スサノオを祀るようになった。

艮の金神は牛頭天王によって滅ぼされたとされているが、ある伝承では、眷属(従者、付属神)、あるいは同一視されている。

同じ千葉県の市川市には、八幡不知森(やわたしらずのもり)があり、一度入ると出口がわからなくなると言われている。


平将門と対峙していた平貞盛が八門遁甲の陣を敷き、将門平定後もその死門(死門とは奇門遁甲の八門のうちのひとつ。あの世への入り口)の一角を残したことから、この地に立ち入ると祟りがあるとされるようになったという説がある。





参考文献

「日本の星―星の方言集」野尻 抱影著(中公文庫)

「平将門魔方陣」加門七海著(河出文庫)

「平田篤胤 知のネットワークの先覚者 別冊太陽」 荒俣 宏 米田 勝安著(平凡社)



参考WEBサイト


北斗七星 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%97%E6%96%97%E4%B8%83%E6%98%9F

八王子市の名前の由来|八王子市
http://www.city.hachioji.tokyo.jp/kyoiku/rekishibunkazai/history/000642.html

北斗七星をかたどった塚
http://www.geocities.jp/rekisi_neko/tiba.html

牛頭天王 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%89%9B%E9%A0%AD%E5%A4%A9%E7%8E%8B

ウル 牛頭信仰 スサノオ - セレンディピティ - 楽天ブログ(Blog)
http://plaza.rakuten.co.jp/Phoenix3/diary/200801140000/

八幡の藪知らず
http://www.geocities.co.jp/MusicHall/5164/densetu/yabusirazu.htm

八幡不知藪
http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Sumire/8209/yabushirazu.htm

平将門にまつわる伝説
http://www.xiangs.com/Masakado/legend/index1.shtml
うちの座敷わらし
岩手県を中心に古くから伝わる子供の姿をした福の神で、走る音や声を聞いたりするとその家は栄えると伝えられている。

そう言えば、どろろ(漫画)にも登場していたことを覚えている。
水木しげるに登場する座敷わらしも善い存在として描かれている。

座敷童、座敷童衆、座敷ぼっこ、蔵ボッコ、御蔵ボッコ、座敷小僧、カラコワラシ、蔵ワラシ、ウスツキコ等と呼ばれることもある。
元々、「ザシキワラス」と呼ばれていたものを文字にする過程で「ザシキワラシ」と表記したことで、ワラスがワラシに変化してしまったとする説もある。

「ザシキワラシ」は「オシラサマ」の言い伝えと重なる箇所もあるが、決定的な違いもある。
「ザシキワラシ」は常には目に見えないものであり、「オシラサマ」は神像や神体として視覚されたものではねい。
また、「ザシキワラシ」は「オシラサマ」のように祟ることはない。
「ザシキワラシ」は巫女などに憑いて語るという事もない。

「間引き説」(間引きによって殺された子供の霊であるという説)も存在するが、東北の飢餓等陰湿なイメージが生んだ説が一人歩きしたようだ。


ザシキワラシ信仰が盛んなのは、東北地方(特に岩手県)で、早池峰神社(はやちねじんじゃ)では、ざしきわらし祈願祭が行われている。

昭和58年、新潟で事業を営むある人物が遠野を訪れ早池峰神社を参拝した帰り、「ザシキワラシ」が車に乗って一緒に来てしまったと言う。
その後、事業は繁盛し、その人は早池峰神社に多額の寄付をしたという。
そのことが契機となり、昭和63年には、ざしきわらし祈願祭が行われるようになったと言う。


岩手県の金田一温泉「緑風荘」、岩手県盛岡市天神町の「菅原別館」、民宿「とおの」、民宿「わらべ」、金田一温泉「仙養舘」の座敷童子が有名なようだ。
その内、行って見たい。

内にもザシキワラシ(?)が1人いるが、果たして福の神なのだろうか?
まあ、イライラする事もあるが、見てて飽きないし、面白いからいいか。



参考文献

「ザシキワラシの見えるとき」川島秀一著(三弥井書店)

「11人いる」萩尾 望都著(小学館文庫)

「どろろ」手塚 治虫著(秋田文庫)


参考映像

「夢」黒澤明監督作品 (ワーナー・ホーム・ビデオ)


参考WEBサイト

座敷童子(ざしきわらし)
http://www.top-page.jp/site/page/mizuki/complete_works/list/sa002/

ざしきわらし祈年祭
http://www41.tok2.com/home/kanihei5/tono-zasikiwarasi.html


早池峰神社 (遠野)
http://www.genbu.net/data/mutu/hayatine_title.htm

座敷わらしブログ
http://toboko.cocolog-nifty.com/blog/

金田一温泉郷
http://www.kindaiti.com/

座敷わらしコンテンツページ
http://www9.plala.or.jp/ryokufuso/index02.html

旅館 仙養館
http://www.kindaiti.com/~senyoukan/

座敷わらし 出世の宿 菅原別館
http://www.zashikiwarashi.jp/

座敷わらし
http://www.shokokai.com/ninohe/kinsyoko/zasiki/zasiki.html
人類は猿だったのか?
初期の人類は800万〜500万年前に誕生したと考えられている。
そして、トゥーマイ猿人(約700万年前)〜ホモ・ハビリス(250〜160万年前)〜ホモ・サピエンス・ネアンデルターレンシス(30〜3万年前)〜ホモ・サピエンス・サピエンス(10又は20万年前〜) など、これらの化石の発見は人類が猿から進化してきたように見えなくもないが、これらは連続していない。

現代型の人類の化石が360万年前の堆積層から発見されたら、発見者の適格性は疑われ、年代が測定し直され、改めて人類以外の化石であるとされ、発見そのものは忘れさられてしまう事になると想像できる。
人類の進化に関する現代の定説は類人猿と現代型の人類が共存していた可能性を許さない。
しかし、人類の進化については、化石記録に多くの空白が存在する。
中新世(地質年代。約2,300万年前〜約500万年前までの期間)の化石と鮮新世(500万年前〜160万年前までの間)の化石を繋ぐ(400〜800万年前)化石が全く発見されていない。
人為的に切断したり、割ったりした痕跡が認められる動物の骨は太古に人類が存在していた事の証になりうるだろう。
ところが「人類が付けたというには、年代があまりにも古い」という理由で、除外されてしまうのだ。

恐らく、現代でも、様々な文化レベルが存在し、又人類に似た生物(ナマケモノやチンパンジー等)が生きているように、数百万年前も、文化レベルの違ういくつもの種族や進化レベルの違う人類及び人類に似た生物が共存していたのだろう。

そして、掘り出された遺物がその地層にそぐわないものであっても、事実は意外なほどあっけないものかもしれない。
例えば、その時代のゴミ捨て場や埋葬場用に掘った穴が、古い地層まで貫通していた場合もあるだろうし、崩れた山の断層にそういった穴を掘ったかもしれない。

また、オーパーツと呼ばれる遺物の中で、水晶髑髏やインドの錆びない鉄柱、プレインカの超極細糸など、本物かもしれないものも多いが、火星の人面岩のように見かけ上の模様だったことが判明した今、自然のいたずらである場合もあるのだろう。


参考文献


「人類の隠された起源」マイクル・A・クレモ、リチャード・L・トンプソン共著(翔泳社)

参考WEBサイト

人類の誕生
http://www2s.biglobe.ne.jp/~t_tajima/nenpyo-1/se-0-6.htm

ヴォイニック写本
http://www.geocities.co.jp/technopolis/9567/062.html

ESAの火星探査衛星が写した「火星の顔」の最新画像 - Technobahn
http://www.technobahn.com/cgi-bin/news/read2?f=200705021459&page=2